人間は儀式とシステムの中に在る動物だと考える。それは私たち人間が創り上げたにも関わらず不条理で不完全であるため、既存の概念を善悪どちらか一方に押しやれないのではないか。例えば誰かを永遠に愛し続ける行為を善とするのは願望であり、現実ではない。それは、‘教育は正しい’‘人は皆平等である’という信仰心に似た願いではないか。

それでも、わたしたち人間はその願いに歩み寄る努力の総体を‘生きる’という形で体現しながら全体を構築していける生き物である。その一部として個人が存在し、その個、すなわち私を介して作品が生まれる。美術はわたしたちの概念ではない領域から強くその生を肯定する力強い可能性そのものだと信じる。

 

初期から現在までの制作に対する葛藤とそれに向き合う姿勢は、一見無謀とも滑稽ともとれるかもしれない。作品を介して芸術それ自身と人間を介した意味の拡張に関心を示し、その可能性をわたし独自の表現方法で見出そうとしています。

​生川 珠央  

 Swimming

(Single channel Ver.

Without audio installation)

映像 5:05・色・音

(3画面から1画面抽出/音インスタレーション抜き版)

2018

例えば西洋という枠組みは、東洋という存在がないと立証しえないように、わたしたちのシステムのバランスは暗黙の了解でお互いを支え合わないと存在しないのかもしれない。

脱植民地後に産まれたパリとモロッコに住む子供たちは、互いの存在などつゆしらず、無邪気に遊んでいるのです。

Swimming

(Short Ver.

Without audio installation)

映像 04:12 ・色・音

(2画面から1画面抽出/ 音インスタレーション抜き版)

2018

The Ballad of You and Yours. 

映像 03:02 ・色・音

音声インスタレーション 

SW/LW ラジオ2台・ミクストメディア

ロンドン(2017)

右端のラジオを聞くとティファナから陽気な音楽が、左端のラジオからはサンディエゴの言語学者が何か言ってる。ラジオの電波は緩やかに堂々と境界線をまたいでいく。

文化が人間の生の一つの側面だとすならば、その文化は一体何で形作られているのだろうと疑問に思う。家族や国家、宗教、言語、血や友人または教育によってなのでしょうか。一体何があなたとわたしを隔てる境界線になっているのだろう。

フランス、イギリス、モロッコ、日本で収集した儀式的瞬間は俯瞰的で冷静なAI同士の会話を軸に展開され、倫理や抑圧を持たぬ彼らの会話は時に恐ろしいほど人間らしさを感じたりもする。ここでまた立ちどまる。一体なにがわたしたちを「人間」にしているのだろうと。

Extraterritoriality(short Ver.)

キーワードメモ

治外法権

大使館

重複国籍

Constellation 89th, 90th, and 91st. 

89番目と90番目と91番目の星座たち

映像 07:25 ・色・音

​ロンドン (2016)

空を見上げると、たくさんの星がある。昔生きていた人々は星座と呼ばれる神話的なキャラクターをまたたく「明るい点」から創造した。今日、星座はエリアマッピングとして意味をなしていて、1922年に国際天文学連合(IAU)によって88つに分割されている。

 

木、建物、自転車、さらには人間など私たちの生活にあらゆる物を見つけることができるけど、星とこれらの存在の違いは何だろう。私たちの祖先は、星が「明るい点」であると信じていたように、これらのオブジェクトも「明るい点」であるかもしれない。すべてのオブジェクトは歴史や遺産になり、そしてすべてのオブジェクトは永続的ではない。少なくとも人間は150年後には皆死ななければいけないし。

歴史になるという感覚を少しでも共有できたらと、2016年に存在するオブジェクトを繋ぐことで新たな89番目、90番目、91番目の星座をIAUに提案します。

​Gran/Nan

映像 インスタレーション 02:32 ・色・音

2画面 07:25 (オリジナル)

1画面 02:32 (1画面編集済、短めバージョン)

​ロンドン (2015)

母語も違うし英語も話せない同居している中国人のおばあちゃんと日本人の祖母が話をしたらどうなるだろうと思い立ってビデオチャットを試みた。撮影するまでの道のりは長く、多くの説得の時間と説明を本人より周りの人間に費やしたけども、プロセス全てが新たな関係性を産み出した。ニュースで見聞きする衝突より、こっちの方が人間らしいと思うのです

The time knock at me

​時間が私をノックするとき。

映像インスタレーション 06:27 

VHSビデオ・色・音・ミクストメディア

​ロンドン (2014)

時間はまっすぐ未来に前進しているように見えて、実は向こうで待ち構えているのかもしれない。それとも、もしかしたらわたし達は全く動いていない点上にいて、時間が通り抜けて過去に流れているのかもしれない。この不思議な時間とやらは、人間によって数値的に定義されている人生の瞬間である。

Why is there something rather than nothing?

 何もないのではなく。何かがあるのは、なぜ? 

映像 04:14 /オリジナル14:00・色
日本(2017)

合理的ではない。混乱。無駄である。無関係であること。

なんだろう、言語は世界を構築し、また同時に狭めているのかもしれない。話し言葉を使わなくたってとあなたとわたしの溝を埋めたいからこの手を振るけれど、それらの行為は意味も意図も全て空中に分解してどこかへいってしまうのです。集められた「意図」達を再演する行為もまた、意味などないのです。

It's selling well. 

映像(通販番組) 14:28 ・色・音

パリ、フランス(2016)

脱植民地後に生まれたパリに住む移民達から「故郷から持ち寄ったもの。そしてもういらないと判断したもの。」を集めた。ゆっくりゆっくり、ぞんざいな方法で色を削ぎ落とす。その行為は滑稽で、どこか切実だ。均質化しつつある世界は、いい事なのかダメな事なのか。わたしたちはまだ判断する術を持たない。でも、一方的にそれらの行為を受容していないだろうか。今日もまた、どこかの色が薄まっては消えていることに、誰も気付いていない。

However, the die has already been cast. 

映像 05:38 ・色・音

ハンブルグ、ドイツ(2017)

わたしたちを「人間」にするものは何なのでしょうか。わたしたちは動物の一部であり頂点捕食者だと考える傾向を持っていますが、AI(人工知能)の出現のために新しい循環サイクルの可能性を秘めています。どこか他人事ではないのはわたしたちとAIもまた似た者同士なのかもしれないということで、AI同士で会話をさせてみることにしました。

Territory

パフォーマンス・映像 01:36 ・色・音

​ロンドン(2014)

ここから先はわたしの領域で、ここから先はあなたの領域。本当はもっと近づけるかもしれないし、

もっと離れたいのかもしれない。

© narutamao 2019

映像 02:04(オリジナル07:04)・色・音無し

​ロンドン (2018)